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歴史的珍事“振り逃げ3ラン”の試合に見る、神奈川県勢のレベルの高さ

夏の甲子園が100回大会を迎えた2018年。「松村邦洋の高校野球ベストバウト」(洋泉社)という書籍の編集を手伝う機会を得た。主な仕事の一つが、内容の裏取りをし、修正・捕捉していくこと。1998年、豊田大谷(愛知)vs宇部商(山口)での藤田修平投手の延長15回サヨナラボーク。2007年の決勝戦、佐賀北(佐賀)旋風の前に散った、野村佑輔(広島)&小林誠司(巨人)の広陵(広島)バッテリーなど、忘れかけていたエピソードや、意外なところで有名選手の名前に出会うこともあり、実に楽しい時間だった。


そんな中。気になる記事を見つけた。

「東海大相模が振り逃げ3ラン」

振り逃げ3ラン? そんなことあるのか? 



強豪校激突の神奈川県大会準決勝で事件は起こった


舞台は2007年の89回大会、神奈川県大会準決勝。東海大相模vs横浜。どちらも甲子園の常連校で、多くのプロ野球選手を輩出してきた名門校。地区予選ならではの、高校野球ファンにはたまらない組み合わせだ。


0-0で迎えた4回表、東海大相模の攻撃で、それは起きた。この回、打線がつながり東海大相模は3点を先取。なお2アウト一、三塁のチャンスが続く。ここでバッターは9番ピッチャー。横浜としては確実にアウトを取って、次の攻撃に備えたいところだ。

カウント2-2からの投球は外角に鋭く落ちるスライダー。ボールはショートバウンドしてキャッチャーのミットに収まった。打者はバットを途中で止めており、キャッチャーがハーフスイングのジャッジを求める。一塁塁審はスイングと判定。それを受けて球審の拳が上がった。


「ああ、スイングですか!バットが回ってしまいました。二人のランナー、残塁と終わってしまいました」と、やや残念そうな実況の声。


三振を確認したキャッチャーがボールをサードへ回し、横浜ナインはベンチへと引き上げていく。バッターも手袋を外そうとするのだが、少し様子がおかしい。どうやらベンチから何か指示が出たようで、急に一塁に向かって駆け出したのだ。


「ん?待ってくださいよ。2アウト一塁、三塁ですから振り逃げが成立するケースですね」。いち早く実況アナが気付いた。解説者が「どのように捕球しているかですね」と続ける。この時、横浜ナインはすでにベンチ前で、次の攻撃に備え円陣を組んでいた。


その間にバッターランナーは二塁ベースまで到達。いったん立ち止まり、再度ベンチを覗き込むような仕草をしたあと、確信を持ったようにホームまで一気に走り抜けた。


三振してもアウトにならない、ややこしいルール“振り逃げ”


「振り逃げ」について、あらためて調べてみた。


通常、バッターはストライクを3回宣告されると三振となり、アウトが加算される。しかしそうならない場合がある。条件は次の通りだ。


①無死か1アウトで一塁に走者がいない。または走者の有無にかかわらず2アウトである

②第3ストライクの投球をキャッチャーが正規に捕球していない


正規の捕球とは、投手の投げたボールが、地面に触れることなくキャッチャーのミットに収まることを指す。つまりワンバウンドでのキャッチは正規の捕球にはならない。


ルールでは、上記2つの条件が満たされた場合、バッターは一塁への進塁を試みることができるとされている。三振とアウトは別物といった方がわかりやすいだろうか。つまり①の状況下で3ストライク目をキャッチャーが正規捕球できなかった場合、記録は三振だが、まだアウトにはなっておらず、バッターには進塁の権利が発生する。そしてこのバッターをアウトにするためには、守備側は一塁到達前に打者走者にタッチするか、内野ゴロと同じように一塁ベースに蝕球しなければならない。


振り逃げ3ランがなければ、試合の勝者は変わっていたかもしれない


 話を試合に戻そう。横浜のピッチャーが投じたボールは明らかにワンバウンドしている。東海大相模の門馬敬治監督はそれを見逃さず、バッターに適確に指示を出した。一方の横浜のキャッチャーはアウトだと勘違いした。そして渡辺元智監督と横浜ナインも、それに気づくことができなかった。


打者走者がホームを踏んだ瞬間、球審は他の塁審を集めて協議に入り、その後、両チームに対して説明を始めた。渡辺監督は身ぶり手ぶりを交え、懸命に抗議しているように見える。そして約5分後、横浜の選手がグラウンドへ飛び出し、元の守備位置へと着いた。

球審がマイクを使って、スタンドの観衆に向かってプレーの説明を行う。やや早口で、彼自身も興奮気味なのがわかる。


「ただ今、打者のハーフスイングで、球審から一塁の塁審にリクエストをしました。リクエストをしてスイング。その時点で3ストライクですが、まだ三振(アウト?)ではありません。球審は、“今のはスイングだよ”ということを指示しました。ですからまだアウトになっていないわけです。タッグ(タッチのこと)もないということで得点は認めます。以上」


固唾をのんで説明を聞いていたスタンドがどっと沸き上がる。一挙に3点追加で6-0。伝説の振り逃げ3ランの完成だ。

 その後、横浜は猛反撃を見せるが、最終的には6-4で東海大相模が勝利を収めた。その差は2点。「たられば」になってしまうが、もし振り逃げ3ランがなければ3-4で横浜が勝っていたかもしれない。そう思うと、なんとも切ないスコアだ。


この試合に絡んでいた有名選手とは?


 ところでこのエピソードはこれで終わりではない。この試合に出場していた選手について触れないわけにいかないのだ。

 実は振り逃げをした東海大相模の選手こそ、現在日本を代表する投手となった菅野智之(巨人)その人だった。当時高校3年生。この話は案外有名で、ネットで検索すればたくさんの情報がヒットする。高校野球好きなら知っている人も多いかもしれない。


 そしてここからはあまり知られていないのだが、この試合で横浜の三塁を守っていたのが、現在メジャーで活躍する筒香嘉智(ピッツバーグ・パイレーツ)だった。当時はまだあどけなさが残る1年生。そして筒香に替わり、途中から守備に入ったのが、筒香の1年先輩にあたる倉本寿彦(DeNA)。さらにショートを守っていたのが、この年の秋に阪神タイガースから高校生ドラフトで1位指名される髙濱卓也(引退)。4番ファーストで出場していたのが、日本ハムから高校生ドラフトで4位指名され、のちに横浜DeNAベイスターズへと移籍した土屋健二(引退)。プロでは投手として活躍したが、この時点では打力を買われ、野手兼控え投手だった。


 一方の東海大相模だが、この試合で4番を打っていたのが、2008年巨人のドラフト1位、太田泰示(DeNA)だ。巨人時代は未完の大器と呼ばれたが、日本ハムに移籍後は4年連続二けた本塁打を放ち、才能を開花させた。2022年シーズンからは横浜DeNAベイスターズで、ベテランとして存在感を示している。セカンドで出場していた内田翔太は、中日に在籍していた友永翔太(引退)のこと。国際武道大から日本通運を経てのプロ入りで、太田とともに菅野の1学年下にあたる。さらに菅野の同級生で、この試合でショートを守っていたのが、リードオフマンとして広島のリーグ3連覇に貢献した田中広輔だった。


 実に豪華な顔ぶれではないか。振り逃げ3ランばかりがクローズアップされる試合だが、出場選手の顔ぶれをみれば、神奈川県の高校野球のレベルの高さが伺える試合でもあったのだ。


 なお東海大相模は、決勝戦で桐光学園に10-8で敗れ、甲子園出場を逃している。そしてこの年の桐光学園のメンバーで、プロへと進んだ者はいない。神奈川県の野球のレベルの高さを物語ると同時に、なんとも皮肉なエピソードとなってしまった。


(文・小貫正貴)


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